ある日、リムサ・ロミンサの上甲板を歩いていると、頭を抱えて怯える女性に出くわした。
そのすぐ傍には、明らかに挙動不審な男が立っている。
「お、お、お助けを! この変態男が、突然ワタスに斬りかかってきたんだすぅ!」
助けを求めて来たララフェルの女性に話を聞くと、ここで、敏腕の美容師さんと待ち合わせしていたところ、この挙動不審な男が現れたらしい。
最近、巷で噂になっている切り裂き魔に違いないと思った彼女は、ちょうど通りかかった私に、助けを求めて来たという事みたい。
「ち、違う、違うんだ。オ、オレも大事なものを盗られて…頼む! アレがないと、オレは…!!」
挙動不審な男に、どういうことか問い詰めてみても、錯乱しているようで、なにを言っているのかよく判らなかった。
ただ、男は、ジャンドレーヌという名前で、彼も、窃盗にあった被害者なのだという。
そして、盗られたものと同じものを、各所にいるギルドマスターに用意して貰ってきてほしいと、逆に懇願されてしまったのだった。
話した感じ、彼が嘘を言っているとも思えないし、ララフェルさんが言うような、切り裂き魔の様な感じもしないとは言うものの、流石に、この場をこのままにして離れるわけにもいかず、どうしたものか思案していると、ララフェルさんが、とんでもない事を提案してきた。
「わ、ワタスが、見張ってるだす!」
「えええ!? 大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫だす! コイツ、なんだか、なよなよしとるし! 敏腕美容師様の行方も問い詰めなきゃならんし!」
…助けを求められた人に、助力を申し出られてしまった…。
流石に、それはありえないとは思うものの、このままでは埒が明かないのも事実。
ジャンドレーヌって人も、錯乱していて、とてもコーラルタワーまで引き連れていくのも難しそうだし…。
「……じゃあ、すぐ、衛士さんを呼んで来ますから、それまで待っていて下さい。何かあったら、逃げてくださいね?」
「わかっただす!」
力強く頷く彼女を残して、わたしはイエロージャケットの本部のある、コーラルタワーへと向かったのだった。
「ジャンドレーヌ? …ああ、また、彼ね。話は了解しました。一応、イエロージャケットを手配しますが、心配はいらないと思いますよ」
コーラルタワーに駆け込んだ私を待っていたのは、拍子抜けする、イエロージャケットの受付担当の言葉だった。
どうやら、ジャンドレーヌという人は、結構な有名人らしく、身元なんかもハッキリしているらしい。
「とりあえず、彼の言う通り、仕事道具を集めれば問題ないはずですので、各ギルドマスターのところへ急いであげてください」
「はぁ…」
そういって、受付の担当さんは、私を送り出したのだった。
その後、ジャンドレーヌに指定された人物、ナルディク&メヴェリー社のハ・ナンザさん、木工師ギルトのベアティヌさん、そして、錬金術師ギルドのセヴェリアンさんのところを訪ね、彼が、心と身体と言っていたものを手に入れてきた。
どちらのギルドマスターも、ジャンドレーヌの名前を出しただけで、事情を察した様で、すぐさま、それらを手渡してくれたのだった。
「あ、冒険者さん、戻ってきただすな!」
再び、リムサ・ロミンサの上層甲板の、2人の元へと戻ってきた。
挙動不審な男は、まだ、わたわたしていていて、状況は特に変わっていない様だった。
「あれ。イエロージャケットの方は?」
「一回来ただすよ。でも、なんか窃盗犯を探すとか言って、行っちまっただす」
ええー。行っちゃったの!?
「お、おい! あ、ああ、あんた! オレの心と身体は…あつ、集めて来てくれたのか!?」
私の姿をみて、ジャンドレーヌが震える手を伸ばしてくる。
慌てて、ギルドマスター達から預かった荷物を手渡すと、箱を開ける事すらもどかしそうに、バリバリと破り開けながら中身を取り出している。
「あああああああ、息ができる、力がみなぎる……」
そして、突如声を上げるジャンドレーヌ。
「オレは今、最高に生きているっ! さあ見てくれ、これが本当のオレだっ!!」
言葉通り、それまでとは段違いなほど、言動もしっかりとした彼が、ギルドマスターからの贈り物を手に、ポーズをとる。
あれは…ハサミと…くし?
あっけにとられている中、突如としてジャンドレーヌが飛び上がり、同じように茫然としていた、ララフェルの彼女へと飛びかかったのだった。
「ぎやああああああああああ!!?」
しまった。
あまりに突然の素早い動きに、反応が遅れた!!
しかし、弓に手をかけ、彼の蛮行を止めようとしたところで、なにか様子がおかしいことに気が付いた。
「どうだ……新世界に生まれ変わった気分はよ? ……バラ色だろ?」
そこには、それまでとまるで違う姿になった、ララフェルの彼女の姿があった。
「なんだか、生まれ変わった感じがするわ! これが……ほんとに私なの……ステキ!! あなたが、噂の敏腕美容師様だったのね!!」
なんだか、口調まで変わってしまった彼女が、ジャンドレーヌにうっとりとした表情で言葉をかけている。
「そうだッ! 今この瞬間、オメーは新しく生まれ変わった。だから今日は、オメーの誕生日だッ! 誕生日おめでとさん!」
ポーズをとったまま、そう答えるジャンドレーヌに、ますますキラキラとした表情を送るララフェルさん。
えーと…。
つまり…ジャンドレーヌ…さんは、凄腕の美容師さんで、ララフェルさんが待ち合わせしていたという美容師さんだったという事なのかしら。
「ヤヴァイところを、ありがとよ。オレの心と身体を届けてくれた礼をくれてやるぜッ!!」
そういって、ジャンドレーヌさんは、一枚の手形を渡してきた。
「本来、オレは予約に追われてヒジョーに忙しい。だが、恩人のオメーだけは特別だ! オメーが望むなら、宿屋で呼び鈴をならしな。いつだってオメーの人生、切り刻んでやんよ!」
そう言い残すと、彼は、独特のステップを踏みながら去って行ったのだった。
次の予約を希望する、ララフェルさんを引き連れて。
なんか……凄い人だったなぁ……。